コラム

バスドライバーさんのお話

2016/08/05


今日は、若松塾の個別指導 舞子教室 教室長の三原先生のコラムをご紹介します。

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全く私事ではないお話をさせて頂きます。

若松塾集団クラスには生徒送迎のための塾バスがあります。
先日そんな塾バスのドライバー歴36年という若松塾における大先輩の方とじっくりお話しさせて
頂く機会がありました。
塾バスというと行き帰りを送迎するだけ、という印象があるかもしれませんし、私も失礼ながら
実際そのように考えていた部分もあります。
しかし、お話を伺って、毎日生徒と接するこの仕事は、実は人間教育の仕事でもあったのだと
強く感じました。

いくつも仕事についてお話し頂きましたが、1つだけ勝手ながらご紹介致します。

塾バス利用の生徒の中には学習のこと等、悩みを抱えている子もおり、相談に乗ることも
今まであったそうです。
生徒の相談に乗る際は、一人ひとりの性格をしっかり理解したうえで、
「どう言ったらこの子にはちゃんと響いてくれるだろうか。」
と考え、アドバイスをすることが大切だと話して下さいました。
子どもたちは相手が自分のことをちゃんと考えて話してくれていると感じたら、しっかりと話を
受け止めてくれ、その結果すごく成長してもらえると教えて下さいました。
相談に乗るうちに、学習態度が変わって毎日塾に来るようになった生徒もいたそうで、
その生徒のことについて、本当に嬉しそうに話して下さいました。

実際に授業をするわけではありませんが、生徒一人ひとりのことを大事に思う気持ちは、
人間教育を真剣に考えている若松塾の先生たちと何一つ変わりませんでした。

悩みを解決するために相談に乗ることは、子どもの頃でも大人になってもあると思いますが、
その際はぜひとも塾バスのドライバーさんの言葉を思い出して頂ければ、と思います。
また私自身も、バスドライバーさんの生徒一人ひとりを大事に思う気持ちに負けないように、
日々力を尽くしたいと思います。



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自ら進んで勉強できるように

2016/07/01


今日は、西神中央校・六甲道校・伊川谷校の青野先生のコラムをご紹介します。

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「子どもが自ら進んで勉強するようになってくれはしないものか」とお悩みの親御さんは
多くいらっしゃることと思います。

私は、「子どもが自ら考え、進んで勉強できるようになること」が学力向上の第一歩であると
考えております。
残念なことに、「親や先生に怒られるから勉強する」といった受け身な考えで勉強に向かっている
お子様は少なくはないと思います。
中学校、高校、そして大学に進むにつれ、勉強の質も上がりますし、量も膨大になってきます。
そのような考えでは、いずれは勉強に付いて行けなくなってしまうのです。

そういった考えの差は、特に高校、大学で大きく現れてきます。
なぜなら、高校や大学では、小学校や中学校に比べて、「勉強をしないこと」に対して
怒られることが減ってくるからです。
特に大学では、実家を離れる人が多く、親の監視が行き届かない上に、「勉強をしなさい」と
叱るような先生は稀です。
その結果、勉強をしなくなり、留年を繰り返すような人を私は何人も見てきました。

私は、子どもが「今このとき」だけ勉強ができればよいのではなく、「将来もずっと」自ら
勉強できるようになって欲しいと考えて授業を行っております。
そのために私は生徒に「自らが選択する場面」を与えるようにしています。
取り組みの一例として、全員に一律に出す宿題とは別に、少々難易度の高い問題を、
「やるかやらないかは生徒の判断に委ねて」宿題として出しています。
次回の授業でその宿題にチャレンジできた生徒には、自ら勉強を選択したという事実と、
それを選択したということは高い意識を持てているということを説明します。
そのことを理解した生徒は大抵、次からもその宿題をやってきます。
「自らが進んで勉強する」ということがだんだんと習慣になってくるのです。
このように、子どもが勉強に対して高い意識を持つことや、その意識を保てるようなことを
話してあげられるように私は心がけております。



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大人の教科書。出版社は自分。

2016/06/06


今日は、加古川校事務・藤川さんのコラムをご紹介します。
加古川校には不定期更新の"フジカベ新聞"というものがあって、
今回は校舎を飛び出してワカブロにやってきました!!

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先日ぼーっと電車に乗っていたら、何やら車内が騒々しく。
声のする方を見てみたら、小学生の男子3人組が鉛筆をくじ引きにして遊んでいました。
友達と楽しく電車に乗る分には構いませんが、彼らは明らかに騒ぎすぎで、
鉛筆を手に立ち歩いたり下品な言葉を大声で発していました。

私は悩みました。
「揺れる車内で尖ったものを出したら危ないよ。周りの人にも迷惑だよ。」
そう声をかけるべきか...。降りる駅に着いたので、「よし、注意しよう!」と思った私は
彼らに近づきました。

しかしその時、私はショックを受けました。
なぜなら、そこにいる周りの大人たちは、みんな嫌な顔をして少年たちを見ているのに、
誰ひとりとして子供たちに声をかけていなかったからです。
私は"車内で騒ぐ子供"よりも、"不快に思いながら見て見ぬふりする大人"にショックを受けました。
そして私はその空気の中で萎縮(いしゅく)してしまい、ドキドキしたまま何も言えずに電車を降りてしまいました。

「あぁ、こんな時に教科書があれば...」つい、そう思ってしまいました。
一歩社会に出ればそこは答えのないことだらけで、教科書のように「こうすれば正解!」と
教えてくれるものはありません。(もちろんスマホも教えてくれません)
そんな場面で必要とされることはきっと、自分がもっている常識・良心・判断力・応用力・実行力...
あぁ、挙げればキリがない・・・。
これって人生で学んできたこと全部のまとめじゃないの!
つまりは、とっさのその瞬間に、"その人の人生"がギュッと凝縮されて、
行動になって表れるってことです。

う~ん、それはそれで恐ろしいものです。
一日二日で身につけた知識や、上辺のキレイゴトでは通用しないってことですね。
そんなとっさの瞬間に、胸を張って正しいと思えることをしたい。
"自分の教科書"の材料は"自分の人生"。自分でしか作られないのなら、
とっておきの1冊を作り上げてみせよう!
そう思う私は、大人になってもやっぱり日々勉強勉強なのです。



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