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若松塾の歩み

「女の子がキャンプに参加するなんて」「世界初(?)の塾生用送迎バス」「校舎開設半年間で1000名の生徒」「震災に罹災した生徒に対して授業料の大幅減額措置(月謝3千円)」…。
神戸の地に学習塾の枠を越えた話題を提供し続けきた半世紀以上にわたる歴史は「子どものために何をしてやれるか?」という命題に対して常に、真摯に正面きって取り組んできた若松塾の足跡そのものなのです。

※若松塾マスコットキャラクター「若っ太くん」のページができました!

沿革

1957年(昭和32年) 中学3年生4人を預かり、長田区若松町で「若松中学生教室」を開設
1958年(昭和33年) 塾としては異例のキャンプ実施、高い評価を得て恒例行事となる
1963年(昭和38年) 中学3年 卒業生の文集「塾生活の思い出」創刊
1965年(昭和40年) 須磨区大田町に3階建て板宿校竣工
生徒送迎用の塾バスを運行
1966年(昭和41年) 「若松塾」に改称
1975年(昭和50年) 垂水区に舞子校開設(申込初日で100人以上応募)
難関私立中学校受験クラスを新設
1978年(昭和53年) 垂水区馬場通りに垂水校開設
1980年(昭和55年) 塾新聞「若松塾ニュース」創刊
垂水校現在地(名谷町)に移転
1983年(昭和58年) 須磨区に名谷校開設(半年間で千人を超える生徒が集まり話題となる)
同ビル6階に合宿道場併設
1984年(昭和59年) 若松4校の生徒数3千人突破
1985年(昭和60年) 社会派ルポライター・亜蘭忍氏の著書「子供の将来は塾で決まる」で若松塾が全国No.1の評価
垂水校塾舎新築落成
1986年(昭和61年) 北区西鈴蘭台に鈴蘭台校を新設し、第2学区への進出を図る
井沢塾長灘高校野球部監督就任
1987年(昭和62年) 長田高校への合格者数、念願の百人大台突破、119人輩出
灘中学へ6年連続合格を達成
垂水区学が丘に学園校開設
1988年(昭和63年) 若松塾の卒業生が東京大学へ一挙6人合格の快挙
1989年(平成元年) 夏期体験入塾制度を導入
冬期体験入塾制度を導入
1990年(平成2年) 卒業生の原田有望(本名範子)さんコロムビアレコードから演歌歌手としてデビュー
1991年(平成3年) 北神校現在地(有野町)へ新築移転
1992年(平成4年) 授業コースを大幅改革
小学部にハイクラス、中学部に準拠クラスを新設
井沢塾長、西神プレンティホールで教育講演
長田高校の合格者6年連続で100人以上の大台突破
板宿校に高等部(東進衛星予備校)開設
1993年(平成5年) 鈴蘭台校、現在地(西町)へ移転、同時に東進衛星予備校を併設
第28回卒業生の久宝留理子さん、NHK紅白歌合戦へ初出場
1994年(平成6年) 森毅・植草貞夫・亜蘭忍の3氏を迎え教育講演
夏期講習を全学年で実施
西区西神中央駅前に西神校開設、同時に東進衛星予備校を併設
1995年(平成7年) 北区北鈴蘭台駅前に北鈴校開設
ジュニアコース本格的にスタート(西神、鈴蘭台、名谷の3校で授業開始)
震災で板宿本部校倒壊、舞子校閉鎖
板宿校、仮設教室へ移転、舞子校を学園校と統合
長田区平和台町に平和台校開設、板宿校の生徒を受入
震災で罹災した生徒のため授業料の大幅減額措置を実施、対象者は611名にのぼる
GS神戸へオリックス応援ツアー、塾生、父母を含め1100人参加
生徒数5千人を突破
1996年(平成8年) 舞子校を舞子坂シティビル3階に移転、再スタート
板宿校を東須磨駅前に移転、東須磨本部として再スタート
小6秋季キャンプ実施(於・姫路市の藤の木野外活動センター)
中3冬期講習に合宿学習を導入(グリーンピア三木で2泊3日)
1997年(平成9年) 創立40周年記念行事「若松ワールド40」実施
西区伊川谷に伊川谷校開設
1998年(平成10年) 清水塾と提携、清水塾板宿本部校が若松塾板宿校として再出発
若松塾主催のコンサート(ソプラノとピアノ)と講演会を聞く
1999年(平成11年) Sクラスから灘中3名、神戸女学院中4名全員合格
兵庫高校に過去最多の66名合格
小6公立クラスに週2日クラスを導入
2000年(平成12年) 兵庫高校に過去最多の70名合格
西鈴蘭台駅前に西鈴校開設
速読講座を全塾開講
速読三宮教室を開設
グリーンスタジアム神戸プロ野球公式戦で若松塾がスポンサーに
ホームページ開設
2001年(平成13年) 兵庫高校に過去最多の81名が合格
長きに渡り若松塾を育て上げてきた井沢塾長が勇退、新塾長に、前副塾長の三笠慧が、また副塾長には山口隆昭が就任
2002年(平成14年) 神戸市西区に14番目の校舎、西神南校開校。
新校舎は、居心地の良さや空間デザインを追求、随所にオープンなコミュニケーションスペースを配置するなどいままでの「硬派若松塾」のイメージを一新。
県立トップ高校2校への合格者合計、史上初めて200名突破!
2003年(平成15年) 兵庫高校に過去最多の109名が合格!
板宿校リニューアル移転。高等部(東進衛星予備校)及び個別指導が新教室に。
ヤフーBBスタジアムで「若松塾シリーズ」開催。オリックスを応援。
6年Sクラス夏期合宿特訓を協同学苑(三木市)で実施
2004年(平成16年) 高等部(東進衛星予備校)DVDプレーヤー全校舎で導入
板宿本部校新築工事安全祈願祭
高等部(東進衛星予備校)北神岡場校開設
2005年(平成17年) 初の神戸以外での校舎、東加古川校開設
震災以来10年ぶりに、板宿の地に板宿本部校として本部が復活
板宿校は、板宿第二校と名称変更
2006年(平成18年) 速読三宮教室を閉鎖
西神南校に高等部東進衛星予備校を併設
2007年(平成19年) 創立50周年
若松塾生デザインによるマスコットキャラクター「若っ太くん」誕生
創立記念誌を発刊
小椋佳さんを招き、若松塾記念公演「小椋佳 歌談の会」を開催
オープニングアクトには卒業生園田涼さん率いるソノダバンドが出演
西神南校に個別指導教室を併設
JR加古川駅前に加古川校開設
2008年(平成20年) 地下鉄名谷駅前に高等部須磨パティオ校開校
2009年(平成21年) JR大久保駅近くに明石学区初となる大久保校開設
2010年(平成22年) 高等部東進衛星予備校西神中央校がプレンティ専門店二番街に移設
西神中央校に個別指導教室を併設
卒業生の園田涼さん率いるソノダバンド、FlyingStar Recordsからメジャーデビュー
個別指導加古川教室が日通加古川ビルへ移設
2011年(平成23年) 高等部(東進衛星予備校)大久保駅前校開設
学園校に高等部(東進衛星予備校)学園南校を併設
三笠慧塾長、山口隆昭副塾長が顧問に就任、新塾長に大広正継が、副塾長には船山高徳が就任
2012年(平成24年) 舞子校を清水が丘へ移転
舞子校に個別指導教室を併設
舞子校にレインボーキッズ(若松塾の託児教室)を併設
2013年(平成25年) 舞子校に高等部 東進衛星予備校を併設
トップレベルクラスを開設
JR垂水駅前に個別指導垂水駅前教室を開設
神鉄岡場駅前に個別指導岡場駅前教室を開設
卒業生アーティスト3組によるコンサート「神戸発のミュージシャンたち」を開催
2014年(平成26年) 垂水区舞多聞に個別指導舞多聞ケーズデンキ教室を開設
レインボーキッズ(若松塾の託児教室)を舞多聞に移転
JR三ノ宮駅前に高等部・東進衛星予備校三宮校を開設
東灘区岡本に高等部・東進衛星予備校阪急岡本校を開設
2015年(平成27年) 東灘区岡本に岡本校を開設(前年開設の高等部・東進衛星予備校阪急岡本校と併設)
グローバル人材の育成に向けて西宮市に「東京インターナショナルスクール 夙川アフタースクール」を開設
2016年(平成28年) 西宮市に「東京インターナショナルスクール夙川キンダーガーテン」を開園
大久保校をAKASAKA HILLSに移転・拡張
高等部東進衛星予備校 大久保駅前校をAKASAKA HILLSに移転・拡張
JR大久保駅近くに個別指導 大久保教室を開校
新コース「次世代型学習教室 若松塾すらら」を個別指導大久保教室に併設
JR・山陽 明石駅前に高等部東進衛星予備校 パピオスあかし校を開校
生徒数が過去最多記録を更新
2017年(平成29年) 創立60周年